中小企業経営においては元々の資本金が少なかったり、経営環境悪化の影響を受けやすいことから業況・資金繰りが不安定になることは少なくありません。
そうなってくると、当面の資金繰り悪化をカバーする手段てとして銀行からの借入金やビジネスローンなどに依存することが多くなります。
借入は経営者にとって重要な手段であって適切に利用すると事業の成長を加速できます。
一方、借入には問題もあります。
借入が膨らみ過ぎると「過大な借入金を抱えて身動きがとれない」、「借入の返済に追われて資金繰りが悪化」という事態もあり得ます。
本記事では、そういった事態に陥らないために経営者が知っておきたい、中小企業の適正借入額について解説いたします。
適正な借入額を考える前提
企業の経営者からみて「適正借入額」=「銀行が無理なく融資してくれる貸付限度額」と仮定して考えてみましょう。
仮に、銀行の融資担当者から「御社の借入金の限度額(適正借入額の水準)はいくらですか?」と尋ねられた場合、あなたならどのようにお答えになりますか?
「それは銀行が決めるものでしょう」と言う人がいるかもしれませんが、銀行にしてもビジネスローン以外の一般融資においては、「この企業の貸付限度額はいくらまで」とキッチリ線引きをしているわけではありません。
また、逆に、経営者から銀行に対して、「御行から当社への貸付限度額はいくらですか?」とか「当社は御行からいくらまでなら融資してもらえるのですか?」といった質問をされることもあるでしょう。
しかし、こういった借入限度額に関する質問に対して、銀行から明確な回答を得られることは少ないでしょう。
手形割引枠、あるいは当座貸越枠とかの具体的な資金調達方法で、たとえば「1,000万円までの枠範囲内であれば、反復利用可」といったものならありますが、借り手企業が知りたい貸付全体の総枠的な感覚での「借入枠」といったものは銀行から明確に示されません。
また、不動産担保に1億円の根抵当権を設定しているからといって、1億円までは必ず融資するといったものでもありません。
逆に、根抵当権の範囲を超えて借入できるケースもあるでしょう。
銀行としては、借り手企業の業況推移を随時的確に把握して、それに応じて臨機応変に適正な借入額を検討、対処していくのが、基本的な対応方針だといえます。
自社の適正な借入額の求め方
以上のように、中小企業にとって、対銀行との関係において、適正借入額の水準というのは曖昧なものであり、銀行が明確に示してくれるようなものではありません。
しかし、企業経営者にとって、自社がいくらまで借入できるのか、または、いくらまでの借入であれば財務内容が悪化せずに借入することができるのかは気になるところでしょう。
一般的に、中小企業経営者が、借入限度額(適正借入額)を知る方法として、以下で主要な2つの考え方をご紹介いたします。
借入金月商倍率
借入金が月商(月額の売上高)の何か月分あるかによって判断するもので、業種によって若干目安が異なってきます。
次の表をご参照ください。
<借入金月商倍率>
*借入金月商倍率=短期・長期借入金÷月商
安全 | 要注意 | 危険 | ||||
製造業 | 1.5 | 3.0 | 6.0 | |||
卸売業 | 0.8 | 1.5 | 3.0 | |||
小売業 | 1.5 | 3.0 | 6.0 |
中小企業の適正借入額の水準は、大まかにいって製造業で6か月以内、その他業種で3か月以内が目安とされています。
つまり、月商が1,000万円の会社であれば、製造業で6,000万円以内、その他業種で3,000万円以内となります。
注意点として、借入金月商倍率は売上規模で借入金の大小を「簡易的」に判断するものだと認識しておく必要があります。
借入金月商倍率による適正借入額の計算は簡単で、解りやすいですが、正確性には少し問題があるのです。
厳密には、長期借入金の返済原資は、[キャッシュフロー=当期純利益+減価償却費]になるのですが、この指標では売上高としか見ていません。
売上高が大きくとも赤字の企業もありますし、逆に売上高がさほど大きくなくても利益率が高く高収益の企業もあります。
利益の水準を勘案せずに適正借入額を判断する方法ですので、あくまでも簡易的な目安になります。
債務償還年数
借入金月商倍率に比べ、さらに厳密で現実的に適正借入額を計算する方法として、債務償還年数があげられます。債務償還年数は、以下の算式により計算されます。
<債務償還年数>
債務償還年数=長期借入金÷キャッシュフロー(当期純利益+減価償却費)
この結果、算出される債務償還年数(返済完了までに要する年数)が、理想(安全圏)で言えば5年以内、悪くても10年以内に抑えておきたい指標になります。
実際、銀行の融資審査や、企業評価では債務年数を主として確認しており、債務償還年数が10年以内なら正常先に格付けし、この範囲内であれば新規融資にも応じやすくなっています。
逆に、債務償還年数が10年を超えた場合、銀行ではその企業の借入額が適正水準を超えて、危険な水準であると判断します。
銀行で債務償還年数を緩く評価したとしても、10年~15年くらいが限度であり、それを超えると返済実力をはるかに上回った負債を抱えていると判断され、追加借入は難しくなります。
適正な借入額を超えた場合の対応方法
ここまで企業にとって適切な借入額の規模について解説しました。
企業にとって適切な借入額を考える場合、銀行が審査において適切と認めるかどうかの基準も大切になります。ここでは、銀行が考える適正融資額の計算方法について確認しましょう。
①「貸せる先」:融資金の回収に不安のない先→返済能力がある先
キャッシュフロー>長期借入金の年間返済元金額
②「貸せない先」:融資金の回収に不安のある先→返済能力がない先
キャッシュフロー<長期借入金の年間返済元金額
*融資先企業のキャッシュフロー=税引後当期純利益+減価償却費
上記は、銀行が考える基本的な審査基準ですが、一般的には、上記基準内にあてはまる企業は少ないのが現実です。
この基準にあてはまれば、企業は無理せず、通常の事業収益の範囲内で返済していける(これを‘収益返済’といいます)のですが、年間返済元金額がキャッッシュフローを超える場合、その超えた部分は[資金繰りをやりくりしてひねり出さなければなりません。(これを‘資金繰り返済’といいます)
中小企業が適正借入額の水準を超えて借入を行っている場合、追加的な借入を行うことは難しくなります。
既に、借入を目一杯利用している企業が考えられる資金調達方法について確認してみましょう。
銀行の「折り返し融資」を活用
中小企業、小規模企業の場合、返済元金の一部は資金繰り上のやりくりで追っていかなければならないものになっています。
そのため、既往の借入金の返済がある程度進んでくると、銀行は返済分相当額を「折り返して」融資実行することで支援しています。
つまり、中小企業にとって、ある程度の運転資金は常時必要であり、すぐに完済できるものではないため、反復して融資を続けてもらえるということです。
しかし、今まで取引銀行から「折り返し融資」の支援を受けてこれたから、今後も要請すれば、折り返し融資に応じてもらえるだろうと安心するのは危険です。
銀行の融資方針は、銀行の状況や、融資先の業況変化などによって変わることがあります。そのため、今までは折り返し融資を受けられたけども、断られてしまうということがあります。
「リスケジュール」を要請
折り返し融資を含め、銀行から追加借入が得られない場合で、既存の借入に対する返済原資が捻出できない時の対応方法になります。
既存借入に対する返済が継続できない場合、既存借入の返済条件を変更(リスケジュール、リスケ、返済猶予などとも呼ばれます)するように銀行と相談することも考えられます。簡単に言えば、返済額を減額してもらい、可能な水準で返済するわけです。
但し、銀行に対して、リスケを要請する場合、以降の資金繰り改善の再建策を示すことが必要です。
ただ資金繰りが厳しいから、返済額を減額して欲しいと言うだけでは、認めてもらえない可能性が高くなります。
そして、「リスケによって時間的な猶予を確保できれば、その間にどのように再建していくか」という具体的な経営改善計画を持っていることがリスケを受ける企業の資格要件になってきます。
リスケを受けることは、借り手企業として基本的な考え方を間違うと、単なる問題の先送りということになりがちです。
リスケの支援を受けることが目的ではなく、リスケはあくまで経営改善ないし企業再生の一手段としてとらえなければなりません。
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ファクタリングの活用
中小企業や、個人事業主で、銀行からの融資が受けられない場合、ファクタリングを活用して当面の資金繰りを確保するという方法もあります。
ファクタリングというのは借入ではなく、商取引上の売掛債権をファクタリング会社に売却して資金化する方法です。取引先の支払い期日が先の売掛金を前倒しで現金化することによって、現金を得ることができます。
そういった意味で、受取手形を資金化する「手形割引」に似た資金調達方法になります。
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ファクタリングは銀行融資とは異なる基準で審査が行われます。銀行融資では借入人の返済能力が重要ですが、ファクタリングでは売掛先からの支払いが得られそうかという点が重要になります。
そのため、正常な売掛債権を保有していれば、資金調達を希望する企業が赤字や、リスケ中、債務超過といった状況でも資金調達できる可能性があります。
また、ファクタリングは借入ではなくて、売掛債権の売却ですので、借入とは別枠で利用することができます。
銀行からの融資が得られなくて困っているという経営者は、ファクタリングを検討されてみるのがおすすめです。
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まとめ
もともと中小企業はぎりぎりの資本金でスタートしていることが多く、企業活動が軌道に乗り始めると、どうしても他人資本(借入)に依存しがちになります。
銀行でもそのあたりの事情はある程度心得ていて、杓子定規に適正借入額の計算で用いた基準をオーバーした企業は融資不可とすると貸す先もどんどん減っていくわけで、「設備資金の返済はキャッシュフローの範囲内で、運転資金はどこまで折り返し融資ができるかだな」といったような感覚で、借り手企業の返済能力の推移を見ながら審査しています。
必要な事業資金の調達を借入金だけで賄っていると、気がつけば借金が大きく膨らんでいて借入金返済で資金繰りが悪化してしまったり、完済できる見込みが立たなくなるという事態は起こりえます。
自社の適正借入額の水準を意識しながら、上手に借入金を活用するようにしましょう。